「人に迷惑をかけるな」ではなく、「困っている人を助けよう」

言葉かけと絵本で、子どもの未来を輝くものに(後編)

坪田信貴 × 仲宗根敦子 対談

 

子どもの「ものの見方、とらえ方」を良いものに変える言葉や絵本とは?

ミリオンセラー「ビリギャル」著者であり教育者の坪田信貴氏に、絵本未来創造機構代表理事の仲宗根敦子が「子どもへの声かけ」や「絵本の活用法」などを聞いた。

(7月13日に行われた絵本未来創造機構主催の対談「言葉が子どもの未来をつくる」から抜粋し、2回に渡りお送りします。構成:小川晶子)

 

◆「人に迷惑をかけてはいけない」は、人を消極的にする言葉

 

仲宗根敦子(以下、仲宗根) 『「人に迷惑をかけるな」と言ってはいけない』というタイトルは、衝撃的です。多くの日本人は「人に迷惑をかけてはいけません」と言っているでしょうし、それが良いことだと思っているかと。お子さんに対して「人に迷惑をかけるのだけはダメ」と言っている人も多いかもしれません。

 

坪田信貴(以下、坪田) そうだと思います。でも、迷惑をかけちゃいけないんだと思っていると、消極的になり、いろいろなチャレンジができなくなります。たとえば本を出すのだって、もし売れなければたくさんの人に迷惑をかけることになる。失敗すれば迷惑がかかる。そう思ったら、「やめておこう」という気になります。「人に迷惑をかけるな」は、「絶対に成功しなさい」と言っているのと同じです。それよりも、迷惑をかけるのは当たり前。迷惑をかけたら、それ以上に人を喜ばせよう、貢献しようという考え方のほうがはるかにいいのです。

 

仲宗根 本の中にあった、「人に迷惑をかけるな」と教えるのは日本くらいだという話にも驚きました。「人に迷惑をかけるな」が消極的道徳だとすると、世界のスタンダートは「困っている人がいたら助けなさい」という積極的道徳だということですね。

 

坪田 そうなんです。アジアの国々では似た価値観を持っているかと思ったら、そんなことはありません。「迷惑はかけていい。困っている人がいたら助けよう」がスタンダードです。

僕は日本が大好きですし、いいところがいっぱいあると思っています。でも、ますますグローバル化していく中で、失敗を恐れてチャレンジしないこと、消極的でいることはもったいないですよね。「噓つきは泥棒の始まり」ということわざのように、ちょっとした嘘も許せないという感覚もそうです。大人はけっこう嘘をついているのに、「嘘をつくのは絶対にダメ」と教えていたりしますね。ちょっとした失敗を許さない、嘘を許さないという感覚が、SNSでの炎上を招いているような気がします。人の揚げ足取りは、まったく生産的ではありません。

 

仲宗根 本当にそうですね。「人に迷惑をかけるな」という言葉は一見いいことを言っているようだけれども、それが行動できないブロックを生んでいたり、他人に対しても厳しくなったりと、弊害が多いことがよくわかりました。「困っている人を助けよう」という言葉を使うようにしたいです。

 

◆「困っている人を助けよう」を伝えるおすすめ絵本とは

 

仲宗根 小さなお子さんには、「困っている人を助けよう」というメッセージのある絵本もおすすめしたいです。絵本はイメージがしやすいので。たとえば『こまっちゃったなたんじょうび』(アンジェラ・マカリスター/著 スージージェンキン・ピアス/絵 フレーベル館)や『どうぞのいす』(加山美子/著 柿本幸造/絵 ひさかたチャイルド)、『おおきな木』(シェル・シルヴァスタイン/著 あすなろ書房)はわかりやすく、伝わりやすいかと思いました。

 

坪田 絵本を使うのはとてもいいと思います。

絵本を読み聞かせするときは、1冊の絵本を開いて親子で一緒に見ますよね。心理学の言葉で「アンファスポジション」というのですが、赤ちゃんを抱っこしているくらいの距離は一番安心感があるんです。赤ちゃんは抱っこされながらお母さんの心音を聞いて、安心して泣きやみます。絵本読み聞かせは、まさにアンファスポジションですよね。お母さん・お父さんのひざの上だったり、すぐ横だったり、すごく近い距離で読み聞かせてもらうのですごく安心します。しかも、文字通り同じ方向を見ているのがまたいいんです。絵本を通じて、「あなたと同じ方向を見ていますよ」と伝えられます。

そして、小さなお子さんにはぜひ「大好きだよ」「あなたは宝物だよ」という言葉をどんどん言ってあげてほしいですね。僕は娘とは英語で会話をしているのですが、毎日必ず「I love you.」「You are my treasure.」と伝えています。これから大人になる中では、人に裏切られたり、人間不信になるような辛いことはあるでしょう。死にたくなるようなときだってあるかもしれない。でも、そんなときに「でも自分はお父さんの宝物なんだ」「お母さんは自分を愛してくれているんだ」と思えることが、精神的なセーフティーネットになるはずです。

 

仲宗根 すごく共感します。『子どもの脳と心がぐんぐん育つ絵本の読み方選び方』にも少し書かせていただいたのですが、日本はあまり「愛しているよ」「大好きだよ」と伝える文化がなくて、多くの親御さんがお子さんに伝えるのにも気恥ずかしさを感じているんですね。それなら、英語で「I love you.」って言ってみたら?ってお伝えしています。ほめるのも「Great!」「Good job!」とかなら言いやすい。英語だと気軽に言えるから、どんどん言ってくださいってお話ししていて。

 

坪田 大賛成です。

また絵本の話をすると、僕はヨシタケシンスケさんの『もうぬげない』(ブロンズ新社)という絵本が大好きです。自分で服を脱ごうとしたけれど、途中でひっかかって、どうにもできなくなった状態の男の子。「このままずっとぬげなかったらどうしよう ぼくはこのままおとなになるのかな」って考えるんですよね。同じような人だっているはずだ、そういう人と仲良くなろうとか、妄想を広げていくのが面白くて。

子どもが自立しようとする中で、失敗をするわけです。それで困難な状況になっても、ポジティブにとらえる発想をするのが面白いんですよね。きっと、親御さんがそういう教育をしているから、トラブルに出会っても瞬時にポジティブな発想をできるのだろうなぁなどと思いながら読みました。

失敗に対して寛容であることが、チャレンジする精神をはぐくんでいくと思います。

 

仲宗根 『もうぬげない』、とても面白くてかわいい絵本ですよね。子どもが失敗するのを避けるように育てるのではなく、どんどん失敗をさせてあげて、そこからの学びを大切にしたいものです。

 

◆優秀な子のお母さんは天然ボケ?

 

仲宗根 この話に関連して、『「人に迷惑をかけるな」と言ってはいけない』の中にあった「優秀な子のお母さんはみんな天然ボケ」という話が印象的でした。ホッとしたというか(笑)

 

坪田 そうなんです。塾に来る必要ある?って思っちゃうくらい、自分で何でもできて優秀な子がときどきいるので、どうやって育てられたのかを聞いたんですね。親御さんにも、子育てで大事にしていることや方針について聞きました。それでわかったのが、「天然ボケだった」ということです(笑)。「いえいえ、私は失敗ばかりで…」と恥ずかしそうにおっしゃるので最初は謙遜しているのかなと思ったのですが、どうやら本当にそうらしいと。親御さんがヌケていると、お子さんはしっかりします(笑)。

逆に、周りにあれこれ助けてもらえないとできない子、自分から動けない子の親御さんは、敏腕イベントプロデューサーみたいな人で。的確な指示をバンバン出せるんです。

 

仲宗根 優秀な人ほど、子どもを見守る努力が必要ですね。そうは言っても、「社会のルールは守るように教えなければ」と思う人には、どうお伝えするのがいいでしょうか。

 

坪田 英語で支配者のことをrulerと言うんですよね。ルールを作る人が支配者だということです。ルールを守る人は被支配者です。「ルールを守りなさい」という教育は、被支配者にさせる教育とも言えるんです。もちろん、赤信号では止まりなさいというような、危険から身を守るためのルールは教える必要があるでしょう。でも、世の中にはもう古くなったルールもあるし、機能しているかどうかわからないルールもあります。大事なのは、一緒にルールを作る経験です。たとえばスマホやゲームのルールにしても親御さんが一方的にルールを作るのではなく、話し合って決めるのです。それから、「お父さんやお母さんへのルール」を作らせるというのもおすすめです。

 

仲宗根 それは面白いですね。

 

坪田 タオルを首にかけたまま外に出ないとか、電話のときに声のトーンを上げないとかね(笑)。何でもいいんですけど、子どもの目線で親に対してルールを決めるという経験です。そのルールを1週間でも1日でも親御さんも守ってみると「意外とルールを守るのって難しいよね」って気づくかもしれません。

 

仲宗根 話し合って決める経験は大切ですね。社会のルールを守りなさいと言っている親御さんも、被支配者として育てたいとは思っていないはずです。いまのルールはこうだけど、もっと良くするためにルールを変える必要があるとか、みんなが幸せになるためのルールはどんなものだろうと考えられるようになってほしいですよね。

 

◆弱点や大きな失敗が強みになる

 

仲宗根 最後に、坪田先生が生徒さんの強みや才能を発見するときに意識していることについて教えていただけますか?

 

坪田 強みや才能は、最初から持っているものではなくて、尖らせることでできるものだと思うんです。生まれたばかりの赤ちゃんは、誰しも何もできません。アインシュタインだって、突然、相対性理論を思いついたわけじゃないですよね。数学や物理に出会って、研鑽していったからたどり着いたのです。みんなが「才能」と呼んでいるのは、そうやって尖らせた部分のことだと考えています。どんなものでも強みになりえます。一番簡単に強みにできるのは、実は弱点や大きな失敗です。というのも、人生の豊かさはどれだけの人に共感してもらえたか、応援されたかで決まると思うんですね。どれだけお金持ちになっても、友達がいなければこんなに空しいことはありません。逆に、支えあえる人たちがたくさんいるなら、お金なんてなくたっていいのです。

弱点や失敗がなく順風満帆、何もかもうまくいっていますという人には共感しにくいですよね。弱点や失敗があるほど、共感してもらえます。

 

仲宗根 ビリギャルのさやかちゃんも、成績が学年ビリで聖徳太子を「せいとくたこ」と読んじゃう弱点が強みとなったのですね。

 

坪田 おっしゃるとおりです。だからこそ、その後のストーリーにたくさんの方が共感してくれました。「弱点や失敗を強みに変える」という視点が重要だと思っています。そのときに大事なのが自己肯定感です。弱みや失敗は、ふつうは隠したいと思いますよね。でも、苦手なことも失敗もポジティブにとらえることができれば、強みにできます。

 

仲宗根 素晴らしいですね。親の言葉かけや絵本で、「どんなときでも自分は大丈夫」「失敗しても強みに変えていける」という認知を作っていくことができたらと思いました。今日は本当に共感することだらけでした。どうもありがとうございました。

 

坪田 こちらこそ、どうもありがとうございました。